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2010年1月24日 (日)

観音崎 剣崎

2010_0124_030 凍てつく峠道から目先を変えて、海に向かってみました。 手袋はもちろん、ウインドブレーカーも脱ぎたくなるような陽気に恵まれた一日でした。

2010_0124_001 向かったのは三浦半島。

JR線を乗り継いで、半島の根元あたり「田浦」で下車しました。
この駅に到着する直前、「1両目は降車できませんので他の車両にお移りください」との車内アナウンスがあったので「何だろう?」と思っていたのですが、なるほど・・・
ホームが短いせいで1両目がトンネルに潜っちゃってます(笑)

2010_0124_003_2 「よこすか海岸通り」を走ります。

棕櫚の並木の美しさ、交通量の少なさ・・・、思わず歌を口ずさみながらゴキゲンな快走です。

 

 

2010_0124_004 途中、このようなデッキウォークを楽しめる区間がありました。

釣りをする人、ジョギングする人、散歩する老夫婦、シートを広げて朝食を楽しむグループ・・・など、日常の生活空間に海があるっていうのもいいなぁ、なんて思っちゃいます。

 

2010_0124_005 さて、ほどなく観音崎灯台への入口です。

石畳のプロムナードを自転車を降りてのんびり歩きます。

あぁ、気持ちいい。
でも灯台まで最後の150mは石段の担ぎです(笑)

 

2010_0124_008 観音崎灯台。

1869年、わが国最初の洋式灯台として完成・点灯。 その後、何度かの地震により崩壊し、これが3代目だそうです。

 

 

2010_0124_009 わかめの天日干し。

どうですか、潮の香りが漂ってきそうでしょ?

 

 

 

2010_0124_011 今日、ぜひ体験しておきたいと思っていたのがこれ。

「浦賀の渡し」です。
わずか2分程度の乗船時間なんですが(笑)、実はこれ、れっきとした浦賀市道なんだそうです。 水上の市道っていうわけですね。
大人150円、自転車50円です。

 

2010_0124_014 待っていると、このような渡し船が対岸から戻ってきました。

 

 

 

2010_0124_015 「ワッパはここにハンドル引っ掛けて置いて!」と船長さん。

そう言えば、ワッパなんて言葉、70年代に雑誌「サイクルスポーツ」でよく使われていたように覚えているけど、いまだに使っている人に出会ったのは初めてでした(笑)

 

2010_0124_016 浦賀と言えば、浦賀造船所です。

2003年に工場は閉鎖されましたが、ゴジラの異名をもつ?クレーンが寂しげに立ち続けています。

 

 

2010_0124_020 海岸線を走っていると、海水浴場や漁港のほかに、こんな段々畑の入り江を見ることもあります。

で、ちょうどこの直前でした。 突然、後方から「プシューーーッ」という音が。
「あぁ、お出でなすったか・・・」 そう、パンクです(笑)
スペアタイヤをサドルに縛りつけていたのですが、幸いスローパンクだったので、「いいや、行けるところまで行ってしまおう」と乗り続けることに。

2010_0124_032 そして到着したのが、剣崎灯台です。

灯台の周囲が広場になっているので、遠く向こうの海岸線まで眺望を楽しむことができますし、後ろを振り返れば富士山が雄姿を見せています。

 

 

2010_0124_038 剣崎から三崎港までいくつか軽い登坂があったせいか、そろそろお腹が空いてきました。

三崎港といえば、まぐろ!

しかし、港界隈の人気店はご覧のような繁盛ぶり。
仕方ないので、三崎口駅方面へさらに登り基調の国道をひた走ることに。

2010_0124_039 で、ようやく食事にありつきました(笑)

本当はまぐろ丼を食べたかったのですが、割高な料金に嫌気が差して、1,000円のアジフライ定食に・・・(笑)
でも、衣はサクサク、白身はフワフワ! いつもの安居酒屋で食べるアジフライとはひと味もふた味も違いましたよ。

 

さて、お腹も満たされたので、海岸線を厨子まで走りきれば三浦半島一周!との予定だったのですが、リアタイヤはもはや見る影も無くペッタンコ。 仕方なく、2kmほど逆戻りして京浜急行「三崎口」駅で本日のランを終了しました。
本日の走行距離、51km。

2010_0124_019  

 

 

 

 

 

 

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